自分の力だけでつくる試みはきっと素晴らしい経験になる。
モチーフの特徴を独自の視点で捉え、シンプルな線と温かい色彩で表現するグラフィックデザイナー(イラストレーション)の高旗将雄さん。最初はまったく現在とは異なる道を目指していたという彼の学生時代を中心に伺いました (アルテ2014のリライト記事を掲載しています)。
東京の駒沢大学西口の静かな住宅街にあるbistroconfl.で2014年2月5日から3月10日まで開催された高旗将雄さんの『かっこいいラジカセ』展。優しい色合いで描かれた懐かしい“ラジカセ”のイラストレーションが店内を彩り、訪れる人々の目を楽しませました。
高旗 将雄(たかはし まさお) グラフィックデザイナー(イラストレーション)
「絵を描く勉強をしないで」芸術系大学へ入学を目指そう!
イラストレーターとして第一線で活躍する大半の人は、小さい頃から絵を描くことが大好きだったという話をよく耳にします。しかし、ぼくの場合はまったくそのような事はなく、イラストを描くように なったのは東京造形大学へ進学してからのことでした。そもそも芸術系大学へ進学する動機自体も、映画の脚本や広告の世界への憧れで、イラストを描くこと自体はまったく意識していませんでした。そんなぼくが「絵を描く勉強をしないで」芸術系大学への入学を目指すことになったお話をいたしましょう。
ぼくの中学校時代は、特に映画が大好きだったので、将来は脚本家になりたいと考えていました。あるとき、自分の好きなクリエイター達が芸術大学の出身者である事実に衝撃が走りました。中でも、今でも大ファンである人気お笑いコンビの爆笑問題さんを筆頭に『機動戦士ガンダム』シリーズなどで知られるアニメーション監督の富野由悠季さん、脚本家にして映画監督の三谷幸喜さんといった方々が、日本大学藝術学部の出身者であると知り、漠然と「ぼくもそこから卒業して、映画の世界へデビューするんだ」と思うようになっていました。ぼくにとって彼らはスターの象徴で、東京への憧れでもありました。ぼくはそんな単純な理由から、東京の芸術系の大学を意識しはじめたのでした。
中学生のぼくは、東京の芸術系大学の中でも日本大学藝術学部に行くしかないと思い込んでいました。高校では脚本家を目指し、ひたすら小論文の勉強を頑張っていました。しかし、徐々にショートフィルムの分野やコマーシャルの分野などに興味が移っていき、少しずつ映画よりもグラフィックデザインが最終的に面白そうだなと感じるようになりました。
日本大学藝術学部以外の芸術系大学へも目を向けるようになったのですが、高校自体厳しい進学校であり、芸術系の大学へ進む友人が一人もいなかった事もあり、周囲の誰にも相談できませんでした。後になって芸術系大学に進学するには、入学試験で「デッサン」や「平面構成」など、絵を描く実技試験があるのだと気付きました。しかし、今のままでは「絵が上手くないと受験には駄目なんじゃないか」「今から美術系の予備校や画塾へ通っても間に合わない」など、ぼくには乗り越えられない大きな壁と不安が襲ってきました。
慌てたぼくは、中学校の頃に一緒に映画で盛り上がっていた友人に連絡を取り、グラフィックデザインを小論文で受験できる大学があるのではと相談しました。そこで、東京造形大学の造形学部デザイン学科では小論文で受験できる事を知りました。そして、受験では小論文一本で臨んだ結果、なんとか現役で合格する事がでました。こうやって見事に「絵の勉強をすることなく」芸術系の大学へ入学を果たすことができたのです。
東京造形大学のキャンパスライフで得たものとは?
ぼくが芸術系の大学へ入学するまで抱いていた絵の知識や技術を持っていない事のコンプレックスは、大学生活が始まってからすぐに気にならなくなりました。ちろん、絵は上手に描けた方がいいのですが、僕が専攻していたのはグラフィックデザイン。大切なのは、あくまでも発想の部分であって、たとえば、ポスターや広告を制作する場合、絶対に自分の絵を使わなければいけないというルールはありません。
また、ぼくの同級生の話ですが、大学2年生の時に出た「東京造形大学の広告をつくる」という課題で、彼の制作した作品はクラスメイトによる投票の結果、アイディアが評価されて堂々の1位に選ばれたのです。彼いわく「周囲は絵の勉強をしてきた人たちばかり、なので同じ土俵で戦っても勝負にならない。だから、どのように与えられたテーマを表現すべきかというアイデアで勝負する。」彼の言葉は、ぼくの今でも変わらない根本的な部分の一つになるのですが、このとき改めて気が付きました。
とはいえ、皆が知っている画材の名前も知らなければ、ろくに絵筆も使ったことがない。基礎として学ぶ何もかもが初めての経験であり、あまりにも自分と周囲に差があったので、講義中に先生から描き方を教えてもらったこともあります。振り返って考えても、これはさすがに大変な経験だったと思います。
そして、ぼくが大学在学中にもっとも熱中したのがシルクスクリーンでした。以前より敬愛するアンディ・ウォーホルの作品を自分でつくってみたいと考え、まずは自己流でチャレンジしていったのです。素材がシンプルであればあるほど、シルクスクリーンは刷り上がりが綺麗なんです。写真みたいに複雑なものはあまり向いていないので、少しずつ素材として自分でイラストレーションを描くようになりました。
2年生になって総合造形科目の一つであるシルクスクリーンの講義を選択し、大学の設備を使用するようになってからは、ますますその世界へ深くのめりこんでいきました。エコバッグをはじめ、ポストカードや自作のラベルをつけたマッチなどを制作し、秋の学祭で販売したところ、お客さんからの反応が良く、この事が後の大きな自信に繋がりました。毎日、朝から晩までほとんどの時間を大学で過ごしていたため、今でも大学で得たものは自分の中で大きなウェイトを占めていると思います。シルクスクリーンの技術や経験はもちろんですが、お世話になった先生や漫画研究会の友人たちとは、卒業後の今でも交流があります。
全国各地でシルクスクリーンを使ったワークショップを実施。「決められた時間で完成まで持っていく必要があるので。図柄や手順などにはいつも注意しています。」
多摩美術大学 大学院で訪れた「転機」とは?
東京造形大学の卒業後は、多摩美術大学大学院の美術研究科へと進学し、さらにシルクスクリーンについて深く学ぶことを決意しました。最初は広告代理店に就職するつもりだったのですが、会社に勤めるようになれば、シルクスクリーンからは離れてしまうだろうなと思ったんです。ずっと続けていくには〝作家〟になるしかない。そのためには、もっと勉強が必要だと判断したんです。
ほぼ自己流で習得した技術をさらに磨き上げ、作品の質を上げていくことを目的に進学した大学院でしたが、この頃に一つの転機が訪れました。インターネット上に発表していた作品を見た企業からイラストレーションの依頼が舞い込むようになったのです。
自分のウェブサイトをはじめ、pixivにアップしていたものをきっかけに、少しずつイラストレーションの依頼が入るようになって。僕の描く絵を求めてくれる人がいるのであれば、これを仕事にしてもいいなと思うようになっていったんです。
最初はシルクスクリーンの原画として描いていたせいもあり、どうしても線と色の少ないシンプルな画風に縛られていたのですが、現在はさまざまなタッチで自由自在にあらゆるモチーフを描き分けるまでになりました。
もちろん、以前に描いた絵を見て依頼されるわけですが、仕事になると同じものが求められるとは限りません。むしろ、大きく違っているのが当たり前だったりもします。これは大学時代と同じ考え方ですが、やっぱりぼくにとって大切なのは、どのように与えられたテーマを表現していくかということなんです。
逆に、自分自身が表現したいテーマのようなものは特ありません。画材やタッチも対応できる限りは柔軟に変える。それこそクライアントの求めるものを形にする職人的な姿勢に繋がるのだと思います。
最近、特に描いてみたいと思っているのは“絵地図”と“漫画”の二つ。ときには編集者へ自分から「地図を描きたいんですが…」と話を持ちかけることもあります。
ぼくのイラストレーションは今も進化を続けているので依頼があれば何でも描きたいと思います。
最後に芸術系の学校を目指す後輩たちへメッセージをお願いしたところ、こんな言葉をいただきました。
「ぼくにとってはシルクスクリーンがまさにそうなのですが〝最初から最後まで自分だけで完結できるものを持つ〟こと。これはクリエイターとして大きな自信になると思います。それから〝友人をいっぱいつくる〟こと。同じ志を持つ仲間がいると、きっと苦しい経験や辛い出来事も乗り越えられますし、何よりも毎日を楽しく過ごせるはずですから。」
高旗 将雄さんが4年間のキャンパスライフで得た実際の体験をもとにしたメッセージは、同じ様な志を持つ後輩達に深く響いていくに違いないでしょう。私たちが知るイラストレーターの〝高旗将雄〟は、こうして大学院の在学中に生まれたのでした。
高旗 将雄(たかはし まさお) Profile
1986年愛知県生まれ。東京造形大学、多摩美術大学美術研究科卒。大学・大学院でグラフィックデザインとシルクスクリーンを学びつつ、フリーランスのイラストレーターとして活動をスタート。モチーフの特徴を独自の視点で捉え、シンプルな線と温かい色彩で表現するイラストレーションは老若男女から支持を集める。書籍の装画をはじめ、雑誌やウェブサイトへイラストレーションを提供するほか、シルクスクリーンのワークショップなどを多数担当。主な受賞歴として、2008年セントラル新人イラストレーション&ポスターコンペティション入選、2009年NBC シルクスクリーン国際版画ビエンナーレ佳作、2009年神保町アートライブラリーブックカバーデザイン最優秀作品、2009年日本印刷産業連合会会長賞など。